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A missing thing (ローサマ)
 
「おい!」
 
 その朝、ロランの目覚めはいつものようにサトリのどつきから始まった。
「あ、おはよー、サトリ」
 寝ぼけ眼をこすりながら、ロランがむっくりと起き上がった。
 腕組をして自分の前に立っているサトリは、気のせいかご機嫌斜めだ。
 昨晩ちょっと強引すぎたかな、とロランは心の中で首をかしげる。
「おはよー、じゃねぇ!」
「え?」
「……ねえんだよ」
「何が?」
 いつもなら、きっちりと服に身を包んでいるサトリが、今日に限ってまだ夜着のままだ。
「お前が、昨日の夜剥ぎ取って何処かに放り投げた、俺の下着だよ!」
「え〜?!」
 サトリはロランの首根っこを掴んだ。
「何処にやったんだよっ。言えっ!」
「何処にって言われても……そこらの床に落ちてない?」
「なかったから、こうして訊いてるんだろーがっ」
「おかしいなぁ」
「ともかくお前の責任だからな。すぐに探せよ!」
「うん……」
 二人は部屋の隅々まで『ぱんつ』を探して回った。
「まったく! 家具の隙間とかに落ちたらホコリまみれになっちまうのに」
「替えは? ――と、昨日全部洗濯に出しちゃったんだっけ」
 ベッドの下を覗き込みながら、ロランが言う。
「ああ、こういう時に限ってな……――ん?」
 サトリは窓が開いているのに気付いた。
(まさか――)
 サトリは窓から顔を出し、下を眺めた。
「げっ!!」
「どうしたの」
 窓辺で身を乗り出したまま固まっているサトリの元に、ロランが駆けつける。
 そして彼も下に視線を落とした。
「ああっ!!」

 壁から伸びた宿屋のサインプレートを下げる飾りフック部分に白いものが引っかかり、風に揺れている。
 あれは、まぎれもなくサトリの――!

「サトリの『ぱんつ』! あんな所にっ」
「……なんてこった……」
 サトリは顔を覆う。
「良かったね、見つかって!」
「バカ野郎っ! すぐに取って来い!」
「距離がありすぎて剣先に引っ掛けられそうにないなぁ。そうだ、ルーナに頼んでバギで!」
「ルーナに拾わせる気かよ!」
「風で飛んでも大丈夫だって。名前書いてあるから」
「なんだと?!」
「こないだ一緒に洗濯出した時に分かりずらかったから、全部下着の裏っ側に名前書いといたんだ」
「恥ずかしいことすんなーっ! ガキじゃあるまいし!」
「ごめん……」
「あぁぁ……最悪な方向に向かっている気がするぜ……」
 誰かにアレを拾われたとしても、証拠がなければまだそ知らぬふりを決め込むこともできる。
 しかし名入りでは逃れられようがない。
 どうしたものか……頭が痛くなってくる。
 なんとか朝食前にアレを取り戻さねば!
 こうなったらイチかバチかだ。
 サトリは振り返って叫んだ。
「ロラン着替えろ、今すぐ!」
「えっ……うん!」
 ロランが着替える間、サトリはシーツを捻って繋ぎ合わせた。
 そしてロープ状にしたシーツを、サトリはロランの腰にしっかりと結わえ付ける。
「こいつは命綱だからな。少しでもおかしな所があったら、すぐ知らせろよ」
「わかった」
 シーツの端をベッドの足に結び、何度も強度を確かめてからサトリは「行け」とゴーサインを出す。
 そろそろと窓から降りてゆくロラン。
「もうちょっと……」
「よし、その調子だ」

 うん。手を伸ばせば届きそうだ。サトリの『ぱんつ』!
 サインプレートの青銅製フックにロランの足が着く。
 やった! 『ぱんつ』は目前だ! ――――その時。

「おはようー! おかみさんが、朝食の時間だから食堂に来て下さいって」
 ノックとほぼ時を同じくして、ルーナがドアを開けて部屋に入ってきた。
「うわ!」
 サトリはシーツのロープを隠すように窓を背にし、引きつった笑いを浮かべる。
「あ……ああ、おはよう、ルーナ」
「ロランは?」
「用足しだろ」
「ふーん……じゃ、私先に行ってるわね」
「俺達もすぐに行くよ」
 ルーナがドアを閉めると、急いでサトリは窓から顔を出した。
「大丈夫か、ロラン」
「あんまり大丈夫じゃない〜〜」
 ロランは『ぱんつ』を手に入れたものの、サインプレートのフックにしがみ付いている状態だ。
 見ると、めきめき……とイヤな音をたてて、空中にせり出す形で取り付けられている飾りフックを壁に固定し
ているボルトが浮かび上がっている。ヤバイ!
「すぐに引き上げてやっから!」

 ルーナは宿屋の一階にある食堂のテーブルに座り、二人が来るのを待っていた。
 すると大通りの方から、ガシャン! という耳をつんざく音が聞こえてきた。
 宿屋の主人や客たちが、何だ何だと外を見ようと表へ出る。ルーナも外に出た。

 ――――青銅製の大きな宿屋のサインプレートが、飾りフックごと店先に落ちている。
「何やってんのよ、あなたたち!」
 空中にはルーナのよく見慣れた少年が、白いものを右手に持ったまま、じたばたともがいている。
 窓から乗り出して真っ青になっているサトリはルーナと目が合うと、すっと部屋の中に姿を消した。

 それから――全員で宿屋の主人に平謝りに謝って、修理費一切を弁償した彼等は、ようやく遅い朝食の席
についた。
 ルーナは怖い顔をして二人を睨みつける。
「顔から火が出るかと思ったわ!」
「途中まで上手くいってたんだけどなぁ」
(黙ってろ!)
 ロランの足をサトリがテーブルの水面下で蹴る。
「あた!」
「サトリ、貴方がついていながらこの失態は何なの?」
「弁解の余地もねえ。済まなかったな、ルーナ。恥かかせちまって」
「むぅ〜……二人とも朝食ヌキ!」
「えぇ――っ! そんなぁぁぁ」
 哀れな声を出し、ロランがテーブルに突っ伏す。
 彼の肩を叩き、サトリが諭した。
「諦めろ。元々は、お前が蒔いた種だ」
「それしても!」
 膨れていたルーナが、今度は呆れ顔になって続ける。
「何を考えているの。朝から下着でキャッチボールだなんて!」
「誤解しないでくれ。投げてたのは、あいつ一人なんだ」
「そうだったの。ところで、サトリ」
「ん?」
「あなた、寝る時下着つけないの?」
「!」
 サトリはまた軽いめまいを覚えた。あっ、とルーナが咄嗟に手を出しサトリを支える。
「大丈夫? サトリはロランと違ってデリケートだし今回は被害者らしいから、朝食摂ってもいいわ」
「あのー……」
「ロラン、あなたはダメよ、当たり前でしょ! 反省なさいっ」
 しゅんと意気消沈して、二人の前に運ばれてくる皿をロランは眺めていた。

「食わなきゃ戦えないだろ。食っとけ」
 部屋に戻るなり、サトリは服の下に隠し持った食べ物をロランに渡した。
「さすがサトリ! 恩に着るよ」
「ルーナには内緒だぞ」
「うん! うん!」
 心の底から嬉しそうに塩漬け肉を挟んだパンにかぶりつくロランを見て、ふっとサトリが微笑む。
「ただし、俺からも言っとく」
「?」
「向こう一週間、アッチはナシ!」
「サトリ〜〜!!」
 食事ヌキの時より大声でロランは叫んだ。

 どうせ我慢できずに力ずくで押し倒すんだろう、コイツは――。
 サトリには解りきっていた。それでも尚。

「いいか、真夜中少しでも俺に触れてみろ。ザラキだかんな!」
 一応、念押ししてみるサトリであった。

( 完 )  2003.8.3
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以前、知人サイトで連載していたロラサトSSのうちの一編です。